最近、AIによって仕事がなくなるのではないかという話をよく見かけます。
特にエンジニアという職業は、生成AIとの相性が良いこともあり、「プログラマーはいらなくなる」「コードを書く仕事はAIに置き換わる」といった話題が定期的に出てきます。
私自身もフリーランスエンジニアとして働いているため、その手の話を聞く機会は少なくありません。
ただ、個人的には「AIに仕事を奪われるか」という問い自体には、あまり興味がありません。
むしろ重要なのは、
AIが当たり前になった世界で、自分は何を作れるのか
ということだと思っています。
昔から仕事は奪われ続けている
少し大げさな話かもしれませんが、人類の歴史は仕事がなくなる歴史でもあります。
農業機械が登場したことで人力作業は減りました。
工場の自動化によって単純作業は減りました。
インターネットによって、多くの仲介業務が不要になりました。
そのたびに、「これからどうなるんだ」という不安はあったと思います。
しかし実際には、新しい技術によって古い仕事が減る一方で、新しい仕事も生まれてきました。
AIも同じではないかと思っています。
コードを書くことの価値は下がるかもしれない
私はエンジニアとして働いていますが、AIの進化によってコードを書くこと自体の価値は下がっていくと思っています。
実際にAIへ指示を出せば、ある程度のアプリケーションは作れるようになりました。
数年前であれば数日かかっていた作業が、数十分で終わることもあります。
これは脅威でもありますが、それ以上に面白い変化でもあります。
なぜなら、今まで実装コストの問題で諦めていたアイデアを形にできるようになってきたからです。
本当に価値が残るもの
では何が残るのでしょうか。
私は、
- 誰の課題を解決するのか
- なぜそれを作るのか
- どう運用するのか
- 本当に必要なものは何か
を考える力がより重要になると思っています。
AIは非常に優秀です。
しかし、何を作るべきかまでは決めてくれません。
子どものITリテラシー教育をやりたい。
親子で安心して遊べるMinecraftサーバーを作りたい。
自作キーボードのワークショップをやりたい。
こうした発想は、今のところ人間側から生まれるものです。
そして私は、こうした「作りたい理由」の方が、技術そのものよりも大切なのではないかと考えています。
私は言語を覚えるのが得意ではない
エンジニアの中には、新しい言語やフレームワークを驚くほど速く習得する人がいます。
私はどちらかというと逆です。
新しい文法を覚えることよりも、
「なぜそういう仕組みになっているのか」
を理解する方が好きです。
そのため、最新技術を追い続けることに苦手意識を持つこともありました。
しかしAIが登場してからは、その考え方が少し変わりました。
細かな文法やライブラリの使い方はAIが補助してくれます。
その代わり、
- システム全体をどう設計するか
- 課題をどう整理するか
- どの選択肢を選ぶか
といった部分が、より重要になってきています。
これは私にとって追い風でした。
AIは競争相手ではなく道具
AIを競争相手として見る人もいます。
もちろんそういう見方も間違いではないと思います。
ただ、私はAIを優秀な道具だと考えています。
例えばショベルカーが登場したからといって、人間が土木工事をしなくなったわけではありません。
より大きなものを、より短時間で作れるようになっただけです。
AIも似たようなものではないでしょうか。
以前よりも少人数で、多くのことが実現できるようになる。
だからこそ、自分自身が何を実現したいのかが重要になります。
これから
AIはこれからも進化していくと思います。
数年後には、今では想像できないレベルの開発支援が当たり前になっているかもしれません。
それでも私は、「何を作るか」を考える人でありたいと思っています。
AIに仕事を奪われるかどうかを心配するよりも、
AIと一緒に何を作れるか。
その方が、ずっと面白い未来だと感じています。
